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カンボジア、焚書坑儒を越えて

Jan 31, 2024

カンボジアのプノンペンで仏教研究復興支援を行っている一食平和基金事務局の手束耕治です。現在進めている事業についてお伝えします。
古より世界の歴史において、宗教に対して激しい弾圧があったことが記録に残っています。その中でもアジアでは秦の始皇帝の焚書坑儒は過激な宗教弾圧として知られています。近代では日本の廃仏毀釈や中華人民共和国の文化大革命などがありました。しかしそれよりもっと過激で、人類史上最も過酷な弾圧が1970年代にカンボジアで起こりました。
カンボジアは紀元前後から仏教が伝来し、その後約2000年に亘って全土に仏教が普及し、現在は仏教を国教とする信仰心の厚い仏教国です。しかしながら宗教や旧文化をことごとく否定する過激な共産主義を信奉するポルポト政権下(1975年4月~1979年1月)において、あらゆる分野の知識人が殺され、全ての宗教が弾圧され、多くの宗教者や信者が亡くなりました。内戦以前に全国に3,369か所あった仏教寺院はすべて閉鎖され、倉庫や拷問所や虐殺所となり、6万5千人いた僧侶は全て還俗させられ、2割を超える僧侶が亡くなりました。仏像は破壊され、仏教書は捨てられ、中でも仏教研究所が30年の歳月をかけてカンボジア語に翻訳した仏教聖典「トリピタカ(南伝大蔵経)110巻」は国内に完結セットが1セットも残りませんでした。仏教研究所の数万点の経典や貴重な文書は散逸し、目録でさえも残っていません。多くの職員、研究者が亡くなり、カンボジアの宗教文化の中心であった仏教研究所は壊滅的な打撃を受けました。

▶写真:虐殺場となったお寺の慰霊塔(シェムリアップ州)

1979年にポルポト政権が崩壊し、新政権が誕生すると、人々は心の奥深く封じ込めていた信仰を取り戻し、地域社会の核となる寺院を再建し、ゼロからの村つくり、国の復興が始まりました。1993年から一食平和基金の支援でカンボジアの仏教の復興を支援するために仏教研究所を通じた仏教書の復刻が始まり、数百タイトル数十万冊の仏教・文化図書が出版されました。それらはカンボジア全土の寺院に配布され、カンボジアの仏教の復興に大変大きな役割を果たしました。

破壊された全国のお寺の伽藍も人々の手によって再建が少しずつ進み、現在の仏教寺院数は5,133カ寺、僧侶の数も68,967人となり、内戦前の数字を超えました。また仏教復興にとって欠くことのできない僧侶の育成機関である仏教学校(経律学校536校、仏教初等1,005校・中等38校・高等14校、仏教大学5校)も再建され、僧侶と一般学生合わせて約5万人が学んでいます。

このように多くの僧侶が仏教学校で学ぶことができるようになりましたが、学校の教科書も十分ではなく、仏教書や一般図書は全く不足しています。図書や書架、読書のための机椅子がある図書室、図書館はまだほとんどありません。カンボジアは地方に公共図書館が全く無く、一般の学校の図書館も図書を購入する予算が大変少なく未整備な状態です。お寺は地域の公共図書館、コミュニティーセンターの役割も果たしているので、人々にとってはわずかな図書でも大変貴重なものとなっています。

▶写真:仏教初等学校で学ぶ小僧さん(バッタンバン州)

現在、一食平和基金で支援している仏教研究所の主な活動には、

1.「カンプチヤ・ソリヤ」(“カンボジアの太陽”の意味、1926年創刊のカンボジアで最も古く、権威ある宗教文化定期刊行物、年4回出版)やその他の宗教文化図書の編集出版及び配布活動
2.図書館活動
3.宗教文化講演会活動

があります。

図書館活動ではこれまで仏教研究所の図書館の整備を進めてきましたが、これに加えて2019年からは新しく地方の寺院図書館の支援活動を始めました。これはカンボジア政府が定める仏教研究所の重要な役割の一つに図書館活動がありますが、仏教研究所の歴史と役割を鑑みて、仏教研究所の図書館をセンターとして整備し、さらに全国のお寺の図書館を支援する事が使命として掲げられています。

仏教研究所のソクニー所長自ら地方のお寺を訪問し、仏教研究所が出版した図書を配布して図書館活動を支援して来ました。すべてのお寺から、
①本がないので仏教研究所が出版した図書やその他の宗教文化図書を支援して欲しい。
②お寺の図書を整理し、管理する方法を知らないので図書館研修会をして欲しい。
との切実な要望が寄せられています。

これに応えて、2019年から「地方寺院図書館支援活動」を開始しました。これまでにカンボジア全土1都24州から3州を選び、各州でモデルとなるお寺を2カ寺、計6カ寺選んで図書を支援し、図書館マネジメント研修会を実施しました。2020年10月には宗教大臣の依頼を受けて全国の州宗教局から各2名と仏教大学3か所の関係者を対象に仏教研究所で「寺院図書館業務ガイドブック普及研修会」を開催しました。

▶写真:地方寺院への図書の寄贈(バンテアイミエンチェイ州)

さらに来年度に予定している寺院図書館に関する政策提言に向けて、11月から12月にかけて各州宗教局と協力して全国5000カ寺を対象にお寺の図書館の実態調査を行っています。

皆様から寄せられたご浄財によって、僻地のお寺にも仏教研究所からの図書が届けられ、少しずつですが人々が本を手に取って読む事ができるようになって来ています。半世紀前に実際に起きたカンボジアでの焚書坑儒。その暗黒の時代を乗り越えて、人々の心の中に清らかな蓮の華が咲き始めています。